以下のような症状がある場合は嗅覚障害と呼ばれる状態で様々な原因が考えられ、それによって治療法も異なります。
昨今、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の特徴的な症状としても知られるようになった嗅覚障害ですが、嗅覚障害はその原因によって治療法や治りやすさも変わりますので的確な診断が必要です。
ここでは、嗅覚障害の診断と原因、そして治療法について説明します。
- 最近、臭いが分からなくなった
- 周りの人が分かる臭いが自分だけ分からない
- 本来の臭いと違う臭いに感じる
- 何を嗅いでも同じような臭いに感じる
- 食事のうまみやおいしさが感じにくい
- 鼻づまりがひどくなって臭いもわかりにくくなった
1:嗅覚の仕組み
-どうやって
臭いを感じているか-
臭いを感じる粘膜(嗅粘膜)は鼻の上の方にある嗅裂という部位に存在しており、ここには嗅神経という臭いを感じる神経が分布していて、臭いの物質がこの神経を刺激すると、その刺激が脳内の嗅球から大脳に伝わって臭いとして感じることができます。
したがって、この経路のどこかで問題が生じると嗅覚障害が起こります。
2:嗅覚障害の分類
以前は呼吸性嗅覚障害、嗅粘膜性嗅覚障害、嗅神経性嗅覚障害、中枢性嗅覚障害に分類されていましたが2017年のガイドライン❶で以下のように改訂されました。
2-A:気導性嗅覚障害
臭いの物質が嗅裂の嗅粘膜に届かなくなって起こるものです。(図1、図2のA)
鼻の粘膜が腫れる、特に嗅粘膜が存在する嗅裂は元々狭い空間ですので、少し粘膜が腫れたり、分泌物が貯まったりすると臭いの物質が嗅粘膜まで届かず、嗅神経が臭いを感じることができなくなります。
疾患:アレルギー性鼻炎や鼻中隔弯曲症で鼻の中が狭い場合や、副鼻腔炎、特に好酸球性副鼻腔炎などでポリープ(鼻茸)が嗅裂を塞いでいるような時です
2-B:嗅神経性嗅覚障害
嗅粘膜、嗅神経の萎縮や炎症が原因で感冒などウイルス性が原因の場合と、外傷で頭を打ったことによる嗅神経の断裂が原因となります。(図1、図2のB)
疾患:ウイルス性感冒、外傷、抗腫瘍薬(テガフールなど)慢性副鼻腔炎・好酸球性副鼻腔炎(炎症による嗅神経の変性と、嗅裂が塞がれる気導性の混合型です)
2-C:中枢性嗅覚障害
嗅球より中枢側の大脳に至るまでの経路に異常が起こった場合です。(図1、図2のC)
疾患:頭部外傷による脳挫傷、脳疾患(脳腫瘍,脳出血,脳梗塞)。パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患など。
3:嗅覚障害の診断
3-A:基準嗅力検査
(T&Tオルファクトメトリー) (T&Tオルファクトメトリー)
濃度別に分けられた5種類の臭いの物質を嗅ぎ分けて、どの種類がどの程度分かるか調べる検査です。治療効果判定に用いられる唯一の保険適応となっている検査です。
3-B:静脈性嗅覚検査
(アリナミンテスト) (アリナミンテスト)
注射した薬剤の臭いが分かるまでの時間、臭いが持続する時間を測定する検査です。
嗅覚障害の改善率・予後判定に有用な検査と考えられています。
3-C:副鼻腔CT検査
嗅覚障害の原因となる副鼻腔炎、特に篩骨洞と呼ばれる部分の陰影の確認、嗅裂の陰影、鼻中隔弯曲症などの骨の構造を調べます❷。(図2)
3-D:ファイバースコープ検査
肉眼では見えない部分をファイバースコープで観察し、嗅裂が開いているかどうか、粘膜の腫れやポリープがないか、腫瘍がないかなどを調べます。
3-E:問診・アンケート
嗅覚障害の診断において問診は重要です。いつ頃から起こったか、副鼻腔炎を伴うのか、感冒の後なのか、その他、外傷や薬物暴露、異嗅の有無や味覚障、風味障害の有無などを確認します。また必要に応じて「日常のにおいアンケート」にて自覚症状の確認もします。
4:嗅覚障害の治療
4-A:様々な治療法と
その適応
4-A 1:ステロイド点鼻療法
臭いの物質が嗅裂などの嗅粘膜に届くまでの道が粘膜の炎症などによって塞がれているような時、ステロイドの炎症を抑える作用を用いて治療する方法です。一般的に仰向けでベッドから頭を下げて鼻筋にそって一回数滴、朝晩点鼻し、5分程度その状態を維持します。
この態勢が苦しい場合は側臥位で行う方法もあります❸。
嗅覚障害の治療法として最も一般的に行われる方法ですが長期連用は副腎機能低下などの副作用が起こることもあり、3ヶ月程度を目安として行われます。
副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎など粘膜の腫れが原因となっている気導性嗅覚障害が対象で、感冒後の嗅覚障害でも早期には用いられることもあります。
4-A 2:当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
漢方の一種である当帰芍薬散には嗅神経の成長を促す作用があり、そのために感冒後などの嗅神経性嗅覚障害によく使われます❹。
ただし、その効果はすぐに現れるのではなく、また確実に有効とも言えません。一般的には何らかの臭いを感じるようになるまで早くて3週間、多くは半年程度を要し、完全回復する場合も1~2年必要とされています。
4-A 3:嗅覚刺激療法
(olfactory training)
嗅覚刺激療法とは近年ヨーロッパから報告されたもので、意識的に臭いを嗅ぐ行為が嗅覚神経細胞を刺激、再生を促す効果があると期待されています❼。
感冒後、外傷後、原因不明の嗅覚障害に用いられますが、バラ、レモン、ユーカリ、クローブの香を1日2回、10秒嗅ぐ、3ヶ月以上継続すると嗅覚の改善に有効だと言われています。嗅ぐにおいは好きな香水、コーヒー、レモン、お花など何でもよいです。「これは〇〇のにおい」と意識をして嗅ぐと効果がアップします。嗅覚刺激療法だけで改善するわけではありませんがこういった生活習慣指導が嗅覚改善を後押しすることになります。
4-A 4:手術療法
慢性副鼻腔炎・好酸球性副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、鼻中隔弯曲症など粘膜の腫れや骨の構造上の問題で臭いの物質が嗅粘膜に届きにくい気導性嗅覚障害の場合は手術もよく行われます❺❻。
これらの疾患で薬物の保存的治療で改善されれば問題ありませんが、効果がでない時や副作用が心配な時に適応となります。また骨の構造に問題がある場合は薬では治りませんので手術が必要になる場合が少なくありません。
4-B:原因疾患別の治療法
嗅覚障害の原因疾患は40~50%がアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、25%が感冒後嗅覚障害、頭部外傷後が6%、原因不明が15%程度といわれています。
嗅覚障害の治りやすさ、治るまでの早さは原因疾患によっても大きく異なりますし治療法も違います。
アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎は原因疾患の治療によってかなりの割合で改善が見込めます。ただし、嗅神経の障害の程度によっては限界があり、好酸球性副鼻腔炎のように嗅覚障害が再発しやすい病気もあります。
4-B1:慢性副鼻腔炎・
好酸球性副鼻腔炎
慢性副鼻腔炎の嗅覚障害は嗅裂部の粘膜が腫れたり、ポリープで塞がれたりすることで起こります。薬などの保存的治療で改善されない場合は手術が必要です、基本的には嗅裂が塞がれている気導性嗅覚障害ですので手術で嗅裂が開くと良くなる可能性が高いです❺❻。
ただ、副鼻腔炎の炎症が長期によると嗅神経そのものが障害され嗅裂が開いても嗅覚が充分に戻らない場合もあります。
副鼻腔炎の中でも好酸球性副鼻腔炎は嗅裂やその周辺の副鼻腔に病変が起こりやすく、嗅覚障害が治りにくく再発しやすいとも言われています。
好酸球性副鼻腔炎の項もご参照下さい。
4-B2:アレルギー性鼻炎や鼻中隔湾曲症
アレルギー性鼻炎では粘膜の腫れや鼻水の貯留が原因となり、鼻中隔弯曲症や中鼻甲介蜂巣は骨構造の問題で嗅裂への道が狭くなることによる気導性嗅覚障害が起こります。(図3)この場合はアレルギー性鼻炎による粘膜の腫れや鼻中隔とか中鼻甲介蜂巣といった骨の構造を治す手術を行うことによって高い割合で嗅覚障害が改善されます。
アレルギー性鼻炎や鼻中隔湾曲症の項もご参照下さい。
4-B3:感冒後嗅覚障害
ウイルスなどの感染によって感冒の後に嗅覚障害が残ることは以前より良く知られています。昨今問題となっている新型コロナウイルス以外にもアデノウイルスやライノウイルスあるいは以前から知られているコロナウイルスでも嗅覚障害は起こります。風邪の後に残る嗅覚障害を感冒後嗅覚障害と呼びますが、この嗅覚障害は炎症によって一時的に粘膜が腫れたり鼻水がたまったりする気導性嗅覚障害が起こり、その後嗅神経がウイルスによる変性を受けて嗅神経性嗅覚障害が残ることが推測されていますが正確なところはまだ分かっていません。
以前、感冒後嗅覚障害は回復困難と考えられていましたが、自然治癒も多い事がわかってきており、1年強で約3割が改善し、3年で約6割が改善し、若年者の方が高齢者より改善が良好であったとの報告もあります。
感冒後嗅覚障害の治療には神経の再生を促す作用がある当帰芍薬散などの漢方や嗅覚刺激療法が有効とされています。
5:嗅覚障害のQ&A
1:基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリー)って必要ですか、何がわかりますか?
基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリーはいくつかの種類の臭いを染みこませた紙を嗅ぐことによって嗅覚障害の程度を調べる検査です。治療効果判定に用いられる唯一の保険適応となっている検査です。手間がかかる検査でスペースの問題もあり、大学病院クラスでしか行っていない検査ですが当院では予約制で行っています。
2:静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)はどうして嗅覚障害の予後判定に有用なのですか?
静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)は嗅神経の残された機能を調べる検査と考えられており、注射した薬剤に含まれる臭いの成分が肺を通って吐く息や血行性に嗅神経を刺激すると言われており、この検査で反応があれば嗅神経の機能がまだ残っていると考えられます。したがって、基準嗅力検査での反応が乏しくても嗅神経までの道が広くなれば嗅覚の改善が期待できます。
3:嗅覚障害の検査にCTは必要ですか?レントゲンではだめですか?
レントゲンでは嗅覚障害の原因となる篩骨洞と呼ばれる副鼻腔の診断制度は低く、嗅裂の病変も評価できないため「嗅覚障害の診断にはCTを行う」とガイドラインに記載されています1)。当院では副鼻腔の診断に適したコーンビームCTにて当日検査、説明を行います。また、頭蓋内病変を疑うときはMRIも必要になります。
4:慢性副鼻腔炎・好酸球性副鼻腔炎の嗅覚障害は手術が必要ですか?
副鼻腔炎に伴う嗅覚障害の治療には点鼻薬や内服薬などの保存的治療も行いますが、ある程度以上に病変が進むと効果が認められず、手術的な治療が必要になります。
手術によって嗅裂周辺の粘膜やポリープなどの掃除を行います。これによって嗅覚が改善される場合が多いですが、好酸球性副鼻腔炎ではこの部位にまたポリープなどができやすく手術後も継続的に再発予防の治療を行うことが必要になります。
5:副鼻腔炎術後の嗅覚障害の再発を予防するにはどうするのですか?
術後再発の予防は副鼻腔炎、特に好酸球性の場合は重要です。 再発予防のための術後治療としては鼻の中を洗ったり、ステロイドの点鼻を行ったり、ステロイド薬を内服します。ただステロイドの内服や点鼻は長期に連用すると副作用が起こることもありますので、そのチェックをしながら最小限使用します。
リンデロンの点鼻療法はよく行われますが適切な使用をしないとステロイドの吸収による副作用も起こりますので当院では副作用が起こりにくいような姿勢でのリンデロン点鼻の指導も行なっております。
比較的副作用が起こりにくいステロイドの使い方としてはステロイドを含む吸収性の物質を嗅裂部に留置する方法があります。当院でも行っている方法ですが、この方法は手術用の内視鏡が必要ですので限られた施設でしか行うことはできないかもしれません。
6:新型コロナウイルスによる嗅覚障害について教えて下さい
新型コロナウイルスでは他のウイルスより嗅覚障害が起こりやすいとも言われており、海外では8割程度が経過中に嗅覚障害を起こすとの報告もあります。
その理由としては他のウイルスに比べて気導性嗅覚障害より嗅神経性嗅覚障害が起こりやすいことも推測されていますが正確なところはわかっていません。嗅神経性嗅覚障害の場合は嗅神経が再生しなければ嗅覚は改善しませんが、その期間は数ヶ月から数年かかるため、まだ出現後1年程度の新型コロナウイルスの嗅覚障害はどうなるかはわかっていないのが実情です。ただ、嗅神経は神経や聴力の神経に比べて比較的再生能力が高いことが知られていますので、諦めずに根気よく治療を続けることが重要です。
ご注意:申し訳ありませんが、当院では新型コロナウイルスのPCR検査や治療は行えません。感染疑いの場合は最寄りの保健所への相談、発熱外来の受診などを検討して下さい。新型コロナウイルス感染症が治癒して一般の医療機関への受診が認められる状態になれば検査、治療が可能です。
6:まとめ
- 嗅覚障害には嗅裂までの道が塞がれる気導性嗅覚障害、嗅粘膜や嗅神経の異常による嗅神経性嗅覚障害、嗅球より大脳に至るまでの経路に異常が起こる中枢性嗅覚障害があります。
- 嗅覚障害の診断には、問診やファイバーの他、程度や効果判定のできる基準嗅力検査と嗅裂や篩骨洞陰影の診断ができるCT検査が有用です。
- 嗅覚障害の原因には副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎、感冒後や外傷などがあります。
- 副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎による嗅覚障害は手術での改善も期待できます。
- 感冒後の嗅覚障害には漢方の有効性が報告されています。
- 嗅覚刺激療法も嗅覚を改善させる治療法として期待されています。
7:参考文献
- 嗅覚障害診療ガイドライン作成委員会
嗅覚障害診療ガイドライン. 日本鼻科学会会誌 2017; 56: 487-556. - Mueller C, Temmel AF, Toth J, et al
Computed tomography scans in the evaluation of patients with olfactory dysfunction. Am J Rhinol 2006 ; 20 : 109‒112. - 宮崎純二,松下英友,山田昇一郎,他
嗅覚障害患者に対する新しい効果的点鼻法.耳鼻臨床 2004; 97:697‒705. - 三輪高喜
神経性嗅覚障害.MB ENT 2010;110:30‒35. - Baradaranfar MH, Ahmadi ZS, Dadgarnia MH, et al
Comparison of the effect of endoscopic sinus surgery versus medical therapy on olfaction in nasal polyposis. Eur Arch Otorhinolaryngol 2014 ; 271
311‒316. - Briner HR, Jones N, Simmen D
Olfaction after endoscopic sinus surgery: Long-term results. Rhinology 2012 ; 50 : 178‒184 - Konstantinidis I, Tsakiropoulou E, Bekiaridou P, et al
Use of olfactory training in post-traumatic and postinfectious olfactory dysfunction. Laryngoscope 2013 ; 123 : E85‒E90
監修医師
医院名 | 医療法人 川村耳鼻咽喉科クリニック |
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院長名 | 川村繁樹 |
資格 | 医学博士 関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科 特任教授 身体障害者福祉法第15条指定医 |