梅雨に入って春先には猛威をふるっていた花粉症もやっと治まり・・・のはずなのにどうして私の鼻はいつまでも詰まっているんだろう?と、思っていませんか。
この時期そういった患者さんが結構目立ちます。そこで今回は「花粉症が過ぎても続く頑固な鼻づまり」として一つののストーリーを示してみました。
心当たりのある方、ご一読下さい。
1:本当は怖い薬剤性鼻炎
(点鼻薬性鼻炎)
今年の花粉症は大量飛散で例年この時期に鼻づまりで苦しむA子さんにとって憂鬱なシーズンとなりそうです。どうやら今年はすごいらしい。シーズン前に薬を飲んだり、粘膜を焼いたりすると楽になるらしい。会社勤めのA子さんも盛んに脅かすテレビやネットの情報からそんな基礎知識は仕入れていました。しかし、年度末でもあるこの時期、睡眠時間もどんどん減っていく忙しいさなか、待合いで何時間も待たされて薬をもらうだけの3分間診療を考えるととても病院に行く気にはなれません。シーズン当初こそ巷で言われるように帽子にマスク、サングラスといった装いで花粉をブロックしていましたが、人と会う仕事も多いA子さん、「髪も乱れるし、お化粧も落ちるし、いつまでもこんな格好してられへんわ。しかも、この前うっかりこの格好で得意先の銀行へ言ったら警備員のおじさんにじろじろ見られてしもた。あ〜気分わる。」と帽子とマスクを捨て去りました。しかし、たちまち襲ってくる強烈な鼻づまりには耐えられません。ただでさえ睡眠時間の短いこの時期、鼻が詰まって眠ることさえできません。たまりかねてA子さん、会社近くの薬局に飛び込みました。「鼻づまりに良く効く薬はありませんか。しかも仕事中に眠くならないやつ!」と、詰め寄るA子さんに店員がにっこり笑って差し出したのは「塩酸ナファゾリン配合」と書かれた点鼻薬でした。早速トイレに駆け込み鼻にプシュプシュっとさしてみるとあら不思議、ものの5分もたたないうちに鼻がスーッと通り、久々に春の空気を吸い込む快感がよみがえりました。この即効性と強烈な効果に感激したA子さん、それからは事あるごとに点鼻薬のお世話になりました。ロッカーでプシュッ、トイレでプシュッ、公園でプシュッ、家に帰ってもプシュッ、寝る前にもプシュッっとすっかりやみつきになってしましました。でも、そのたびに鼻はすっきり通り、今までの憂鬱な鼻づまりは嘘のよう、快適な日々を過ごすことができました。「花粉症はこれに限るわ、なんでもっと早く使わんかったんやろう。来年も再来年もこれでいこう。」A子さんは点鼻薬をみつめながらつぶやきました。やがてこれがやっかいな病気を引き起こすことに気づかずに・・・。
2ヶ月が過ぎ、ゴールデンウイークも過ぎて、町では帽子にマスクといったいでたちの人もいつのまにか少なくなっていました。そういえば友人のB子やC子も最近では花粉症で苦しい、という話をしなくなっていました。「花粉症って終わったのかしら、でも・・・。」と、A子さんは首をひねりました。A子さんの鼻はこの時期になっても詰まるのです。勿論、点鼻薬のおかげで完全に詰まることはありません。でも、以前のようにシュッとさしたらスカッと通ることがなくなってきて気のせいか少し効き目が弱くなってきたような気がします。さす量が少ないのかと思ってシュッシュッっと2回さしてみましたがあまり変わりません。効いている時間も短くなってきたような気がします。以前は1回させば4〜5時間は鼻が通っていたのですが、近頃は2時間もすれば詰まってしまいます。いつのまにか使いはじめの頃は1日4〜5回点鼻していたのが今では15回くらい点鼻していて、点鼻薬がすぐに無くなってしまいます。そればかりか鼻がひりひりするような軽い痛みも感じてきました。
そんなある日、洗面所で鼻をかんだA子さんはティッシュを見て小さく声をあげました。鼻水に混じって少し血が混じっていたのです。「いつまでたっても鼻づまりが治らないし、ヒリヒリするし、鼻血は出るし・・・いったい私の鼻はどうなったんだろう。」鼻先を指で押し上げて鏡を覗いたA子さん、今度は大きな声をあげました。鼻の中の肉が真っ赤に腫れあがっていたのです。
慌てて病院に駆け込んだA子さんの鼻を覗いて、ビートた○しに似た医者が片側の口元だけを上げるゆがんだ笑いを浮かべて言いました。「薬剤性鼻炎ですね・・・。このままほうっておくと大変なことになりますよ。」
少しふざけすぎましたが、これが薬剤性鼻炎(点鼻薬性鼻炎)の典型的な経過です。病院で処方する薬と異なり、市販の点鼻薬のほとんどに血管収縮剤が含まれてまれています。成分としては塩酸フェニレフリン、塩酸テトラヒドロゾリン、塩酸オキシメタゾンなどですが、これらの成分は鼻粘膜の血管を収縮させ、結果的に急速かつ強烈に粘膜の体積を減少させるために鼻の通りを良くします。しかし、人間の体とは不思議なもので薬で血管を抑え続けると、それに抵抗するように血管が増生しだします。そうなると点鼻薬の効果が弱く、持続時間も短くなってきます。それに気づかないと更に点鼻薬を大量、頻回に使うようになり、ますます血管が増生するという悪循環に陥ります。さらには鼻粘膜が充血、腫脹し他の薬も効かないような頑固な鼻づまりを引き起こします。
アレルギー性鼻炎との視診上の違いは典型的なアレルギーでは鼻粘膜は蒼白で浮腫状に腫れるのでブヨブヨしているような印象を受けますが、薬剤性の場合は赤く、肉質そのものが分厚くなっているように見えます。
薬剤生鼻炎の治療原則はなんと言っても点鼻を中止することです。我々耳鼻科医は原則的にシーズンピーク時の緊急避難用として1日2回程度、2週間ほどしか使いません。この程度の量であれば薬剤性鼻炎も起こりませんが、患者さんが個人的に薬局で購入する場合はそのような使用上の注意の説明を受けていなかったり、なかなか守れないことが多いようです。一種の薬中毒ですから早期の場合は点鼻薬の中止によって徐々に粘膜の腫れは引いていきます。ただ、鼻が詰まるのに急に中止をするのも難しいので血管収縮剤以外のステロイド点鼻薬や他の内服薬などで鼻づまりを抑えながら段階的に減量していきます。多くの場合は数週から1〜2ヶ月で無事に離脱できます。ただ、この種の点鼻薬を長期にわたって使用した場合、肉質そのものが厚くなって使用をやめても腫れが引かない場合もあります。そのような場合は手術が必要となることもありますが、粘膜がむくんでブヨブヨになるアレルギー性鼻炎と違って、レーザー手術やラジオ波凝固術は効果が少ない印象があります。これらの粘膜表面を変性させる方法はアレルギー物質の侵入をブロックしてアレルギー反応による粘膜の腫れを抑える作用があるのですが、薬剤性鼻炎の場合は肉質そのものが分厚くなっているので表面を薄く焼いても厚みが大して変わらないからだと思われます。そのような重症の薬剤性鼻炎の場合は粘膜そのものを切除したり、粘膜の裏で骨を抜く手術が効果的なこともあります。詳しい手術方法については内視鏡下鼻腔形態改善術の粘膜下下甲介切除術をご覧下さい。鼻づまりに関しては90%以上の効果があります。(粘膜下下甲介切除術+粘膜下後鼻神経凍結手術の短期成績へ)
いずれにしても心当たりのある方、専門医への受診をお勧めします。